完全保存版 西部劇を読む事典

完全保存版 西部劇を読む事典 の詳細

日本では西部劇は昔から人気ジャンルである。衰退したと言われるのは本国アメリカでの制作本数が激減したからで、今なおそれなりの人気スターを立て制作費をかけた作品が封切られれば、国内ではかなり集客を見込めるジャンルであり、アマゾンで旧作のＤＶＤやＢＤの発売点数を見ればどれだけ日本人が西部劇を愛してきたかがわかる。なにしろわかりやすい。敵役は役者の顔ぶれからも劇中の役割（インディアン、銀行家、鉄道事業家、大牧場主・・・等々）からも一目瞭然で、アクションも花形である銃撃戦はもとより騎馬スタント、大自然との闘争、男同士の殴り合いなど説明無用の肉体派のそれに事欠かない。（以前ある北米版のＤＶＤの特典映像で「なぜ西部劇は最近作られないのですか？」という質問に映画評論家が「ＣＧが使えないから」とジョークで答えたのを見たことがある。ナルホド、とヘンに納得したものである。）日本では考えられない「陸の海」と言うべき雄大なフロンティアの大自然は、しかしいずれ確実に消えていく風景であることを我々も知っているので、哀愁と憧憬を呼んでやまない。無情の風景を描いていながら、実に日本人向きの「情」に訴える世界なのだ。では、好きな西部劇のことを私たちはどれだけ知っているのだろう？「なぜ銀行家や鉄道事業はたいてい悪役なのか？」「なぜ主人公はもと南軍参加者が多く、北軍あがりはほとんどいないのか？」「なぜ酒場の女たち（娼婦）は情のある、男たちに優しい女性ばかりなのか？」もう少し具体的に言うと「なぜカウボーイ上がりの流れ者シェーンはキャトルドライブの本場テキサスやカンサスではなく、お尋ね者や賞金稼ぎのうろつくメキシコ国境地帯でもなく、北方のワイオミングに現れなければならなかったか？」これらの問いにしっかり答えられる方は決して多くはないのではないだろうか。この本は普通なら巻頭に来てもおかしくない｢西部劇１００選」や「西部劇のスターたち」といった項目が後半第7章からになっている。キモは前半、西部開拓史や民俗を映画に沿って語る第６章までだ。”Wild West”と称される地域は日本語の「西部」の語感とは異なり、乱暴に言えば建国東部１３州を除く全てを含む。気候風俗も違えば、州ごとの成立や資本主義化への時代の流れすら違う。映画を数本見たぐらいでは背景をきちんと踏まえ、事件の推移を理解するのは、一見簡単そうに見えて難しい。西部開拓史を扱った書籍は他にもあるが、映画の背景を初心者に理解してもらうために特に民俗に重点を置いて語っているこの本は非常にわかりやすい。カウボーイとは違ってあまり語られないマウンテンマンやスコウマンと言った人々の在り方も触れられている。実は私はマカロニウェスタンも大好きで、西部劇を代表するスターと言えばジョン・ウェインと並んでクリント・イーストウッドと答えるほうなので、きっちり理由も述べず「マカロニなどまがい物に過ぎない」とする「正統派」西部劇ファンの言いぐさには自動的に反感を覚えるのだが(笑）、これだけ丁寧に説明されれば「なるほど別の基準で考えるべきものなのだな」と素直に思えた。ＤＶＤ鑑賞のハンドブックとしては最適。古い西部劇も時々借りてみようかな、と思われる方は読んでおいて損はないと思う。